Webがありふれたものとなったとき、政策決定者たちはそれを無視したり、重要でないと考えていたりした。その結果、オンライン上では自由が花開いた。人々はコンテンツを消費するばかりでなく、コンテンツを作った。

 しかし、とうとうインターネットがいかに重要か政治家や指導者も気付いた。そして他の目的、とりわけ市民の監視のために、インターネットがどれほど有用になり得るかにも気付いた。我々の世代における2つの重要な発明、インターネットと移動電話が世界を変えた。その一方、監視国家にとっては、双方とも結局はうってつけの道具となった。そしてそうした国家では、すべての人が罪を犯していると仮定される。

 米国の情報機関は外国人を監視する最大限の法的権限を持っている。我々の大半はアメリカ人にとっては外国人だ。つまり我々がアメリカを拠点とするサービスを使うと、監視下に置かれることになる。そして我々が使用するサービスの大半は、アメリカに拠点がある。

 計算能力やデータ記憶装置の進歩により、大規模な監視が可能になってきた。ただしこの進歩により、情報漏えいも起こし得るようになり、組織は不正行為を捉えようと悩まされ続けるだろう。Webの未来は、我々を監視下に置き続けたい一派と、そうした監視の性質を暴露したい一派との間で、均衡が取れないままだろう。両派それぞれがデータ革命を起こしているからだ。

 政府が我々を監視している一方で、我々が政府を監視していることを政府は知っている。


ミッコ・ヒッポネン

 このコラムはWired誌のWeb at 25 Special
で最初に発表された。Tim Berners-Lee、Jimmy Wales、Vint Cerf他による別のコラムも読んでほしい。