最近、米国愛国者法第215条について頻繁に大きく報じられています。議論の的となっているこの条項は、米国諜報機関が同国の通話記録の大量収集などに利用していたものです。第215条はサンセット条項であり、定期的に更新される必要がありますが、最近の期限は2015年5月31日の午前零時でした。以前は形だけの更新でしたが、今回は違います。第215条は失効し、より制限的で我々のプライバシー保護には良いとされている米国自由法がその代わりとなりました。この点は世界中で大きく報じられました。

しかし、これは実際にはどのような意味を持つのでしょうか。スノーデンが我々に気づかせてくれた世界的な監視が、終わりを迎えるのでしょうか。実際、どの程度意味のある変化なのでしょうか。これらの問いに、報道は必ずしも答えを与えてはくれません。

この問題については詳細に踏み込まず、シンプルに考えましょう。第215条は巨大な法的・技術的監視体制の中のごく一部に過ぎませんでした。旧第215条では、同法の秘密の解釈を利用し、FISA裁判所が大変広い範囲で秘密裏に令状を発行することができ、これにより企業は市民の通信に関する膨大なデータを提出させられていました。これら全ては報道禁止令下に置かれ、これについて話すことも法的なアドバイスを求めることも、誰にもできませんでした。最も良く知られている事例はおそらく米国の通話記録の大量収集でしょう。これは電話の盗聴ではなく、誰が誰にいつ電話をしたのかということを追跡するものです。米国の人々は、電話をかけたらNSAが記録していたと考えてまず間違いありません。

愛国者法の代わりに施行される自由法も多くの監視を許すものではありますが、多くの批判を受けた大規模サーベイランスの規制を目指しています。自由法の下で行われる監視は、第215条下よりも具体的である必要があります。行政機関は疑わしいものを発見できるかを確かめるために、全ての通話記録を提供するようただ通信事業者に求めることはできず、調べたい個人またはデバイスを特定しなくてはならなくなりました。通信事業者は全ての顧客に関するある種のデータを保管しておかなければなりませんが、提供するのは求められたデータのみです。事業者はいずれにせよ料金の請求のために多くのデータを保管しておかなければなりませんから、この点は問題にはなりません。

これは理論上聞こえが良いものではありますが、現実はそう楽観はできないかもしれません。まず、自由法は新しい法律で、実際にどう機能するかはまだわかりません。同法の解釈は多少なりともプライバシーに役立つものかもしれませんが、時が経てばわかるでしょう。監視に関する法律は全体が巨大で複雑なものです。第215条が失効しても、おそらくある種の監視は他の項により正当化され、続いていくでしょう。メディアが第215条による諜報が6月1日に中止になると報じている場合、これも誤解を招くものです。実際には現在行っている調査を守るため、少なくとも6カ月は続きますし、もっと長くなるかもしれません。

つまり結論としては、この小規模な改革の実際の影響は報道により我々が信じているよりもずっと小さいものなのです。監視が終わりを迎えるわけではありません。米国ベースのサービスを利用している人々のプライバシーが保証されるわけでもありません。しかし、米国の政治情勢が変化してきていることの、重要で歓迎すべき兆しではあります。セキュリティ対基本的人権についての、よりバランスの取れた見方の表れです。この情勢の変化が続くことを願うことにしましょう。

安全なネットサーフィンを。
Micke

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