2017年1月20日にドナルド・トランプ氏が大統領に正式就任し、約2ヶ月が経過したが、トランプ政権でのサイバーセキュリティ政策は一体どのようなものになるのだろうか? じつはサイバーセキュリティ政策についての大統領令は、すでにドラフトが上がっている。(PDF)
簡単にまとめた分析によると、この政策は、まず軍・インテリジェンス機関を含む各省でのセキュリティ対策状況を監査レビューし、現在は各省ごとに行なわれているサイバーセキュリティ対策をホワイトハウスの予算管理の元に横断的に一本化するといったもので、また学校で教えるサイバーセキュリティについて国防省と国土安全保障省がレビューするという項目もあるようだ。
とはいえ、トランプ政権のサイバーセキュリティ担当として選ばれたのはその分野の経験があるとは思えないルドルフ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長であり、また2月中旬にサンフランシスコで開催されたRSAコンファレンスにはトランプ政権からは誰も顔をだしていないなど、トランプ政権のサイバーセキュリティに対しての本気度を疑問視する声もある。
さらに2月19日にはトランプ氏のウェブサイトがイラクのハッカーにより侵入され書き換えられるなど、トランプ氏自身でサイバーセキュリティ問題を経験することになったようだ。
また、トランプ氏は以前から使っているAndroidスマートフォンを大統領就任後も手放さず毎日Twitter投稿に明け暮れているが、この電話機もいつハッキング攻撃の対象に狙われてもおかしくない。
もし実際に政府レベルでのサイバーセキュリティのインシデントが起きた場合にトランプ政権が対応できるのかについても厳しい見方がある。さらに、スノウデンによるNSAのサーベイランス・プログラムが多数暴露された際によく公聴会に呼び出されていたDirector of National Intelligenceだったジェームズ・クラッパー氏は1月末で任期が切れているのだ。しかし少なくともクラッパー氏はサイバーセキュリティ脅威を通常のテロリズムより重視していたので、そのような問題の理解者がいないまま大統領令を出したところで、現実的に何ができるのだろうか。
さらに現在のトランプ政権の動きは、サイバーセキュリティだけでなく各種プライバシー情報を含むパーソナルデータの保護にも大きな影響を与えると思われる。トランプ政権が選んだFCC(連邦通信委員会)の委員長アジット・ペイ氏はテレコム企業出身で、ネット中立性に反対を唱えてきた人物だからだ。それを後押しするように、3月22日、共和党が多数派を占める米議会上院は、たった数カ月前の2016年10月にオバマ前政権のもとで成立したブロードバンドのプライバシー保護規則を撤回する決議を、50対48で可決したのだ。これにより、ISPやモバイルインターネット通信事業者が、運営するネットワークを流れる利用者のデータを、利用者の同意なしにマーケティング企業などに売ることができるようになるのだ。これは、EUで成立したパーソナルデータ保護法制度の「EU General Data Protection Regulation」と、さらに2018年に同時に施行予定の「EU ePrivacy Regulation」とも対立しうるはずで、そのため2016年に成立したEUとアメリカの間でのパーソナルデータ移動を認める合意である「EU US Privacy Shield」合意が反故になる可能性があると思われる。
実際のところ、トランプ政権のホワイトハウスは日に日に混迷状況をあらわにしているように見える。
当初の政権人事として国家安全保障担当大統領補佐官に選ばれたマイケル・フリン氏は、就任前に駐米ロシア大使と対ロシア制裁措置について協議した件が明るみに出たため、早くも辞任した。じつはドナルド・トランプ氏は大統領選挙前から、ロシアの犯罪組織のボスから工面してもらった金で破産を免れたといった話題が流れるなど、ロシアとの関係に疑惑が持たれている。
また選挙中からトランプ候補の戦略を担当していたスティーブン・バノン氏が大統領主席戦略官として政権参加した上、さらにトランブ氏により国家安全保障会議(NSC)へのメンバーとして選ばれたことが発表されると大きな波紋を呼んだ。バノン氏はトランプ氏の選挙戦略を担当する以前は、Alt Rightと呼ばれる新興右翼勢力のメディア「Breitbart」ニュースの元会長で白人至上主義や排外主義のヘイト記事を多数執筆していた人物であり、政府機能の経験はまったく持っていない。そして一部ではトランプ政権を裏ですべて操っているのはバノン氏であるとすら噂されている。
さらにこの選択では、今までの政権では国家安全保障会議に通常参加していたインテリジェンス機関の代表になるDirector of National Intelligence担当者と、軍の代表になるJoint Chief of Staff担当者を外した上で、トランプ氏はバノン氏を選んだ。インテリジェンス機関代表と軍の代表の参加しない国家安全保障会議は前代未聞といえるし、実際それで有事に際して何か有効な決定を行えるのかはまるで疑問だ。マイケル・マレン元統合参謀本部議長などもこのバノン氏の採用を激しく非難した。
またトランプ政権に失望したという声は、就任後すぐにCIAなどのインテリジェンス機関からも聞こえてきた。
そしてついに2月24日には、ホワイトハウス内部の報道官室での記者会見からCNN、BBC、AFP、New York Times、Los Angeles Timesなどの主要メディアを締め出すなど、トランプ政権はおよそ独裁政権しか行わないような行動に出た。
そしてトランプ氏が公の場での演説やTwitterへの投稿で繰り返す、感情のアップダウンの激しい見境のない不適切な言動は問題となりつつある。大統領に職務遂行能力がない場合の手続きを定めた合衆国憲法修正第25条第4項を使って政権内クーデターを起こしてトランプ氏を追い出し、元副大統領のマイク・ペンス氏が大統領代理を執務するという憶測すら既にでている。
アメリカメディア調査での3月のトランプ大統領の支持率は新たな最低レベルの更新で36%と言われ、現在のところは当面トランプ政権の行方は予測しても不透明なままとしか思えない。